2023.11.6
第16回目の対談ゲストは、イッツ・コーポレーション株式会社の代表取締役、小池洋平社長。
小池洋平社長(以降、小池社長と記す)は、昭和60年7月10日生まれで現在38歳。イッツ・コーポレーション㈱はサーティワンアイスクリームのFC店舗を運営している。
小池社長と吉本の出会いは、2014年頃。異業種交流会で知り合った。交流会後はFacebookでのやり取りを重ね、親交を深めてきた。

2023.11.6
第16回目の対談ゲストは、イッツ・コーポレーション株式会社の代表取締役、小池洋平社長。
小池洋平社長(以降、小池社長と記す)は、昭和60年7月10日生まれで現在38歳。イッツ・コーポレーション㈱はサーティワンアイスクリームのFC店舗を運営している。
小池社長と吉本の出会いは、2014年頃。異業種交流会で知り合った。交流会後はFacebookでのやり取りを重ね、親交を深めてきた。
音楽に明け暮れた学生時代
小池社長は中学2年の時にギターを始めた。バンドを組み、学園祭で演奏するなど目立つ存在であった。その後も音楽に没頭。父親がばんばひろふみ氏と友人であった事から、小池社長も会う機会があり、直接指導してもらった事があると云う。その出来事がキッカケで、高校3年の時にプロのミュージシャンを目指すことになる。
19才になった小池社長は、貯めたお年玉で67年製のギブソンのギターを購入した。この時も、ばんばひろふみ氏の後押しがあったと云う。20才の時には、円山公園音楽堂(京都市東区円山町)で3,000人の観客の前でオリジナル曲を披露したこともあった。
大学時代の小池社長は、父親が経営していたサーティワンアイスクリームのFC店でアルバイトをしていた。若かったこともあり、最初のうちは働くことの大切さや有り難さを理解していたかったという小池社長。遊びがメインで、アルバイトも遊びのうちの一つくらいに考えていたが、大学4回生の時に売上を意識するなど、仕事に精を出し始め、卒業とともにそのまま父親が社長を務める会社に就職した。
就職後はサーティワンアイスクリームの店長を経験。経営陣としても様々なスキルが必要であると感じた小池社長は、30才の時にMBAの取得を思い立った。
と小池社長は話す。MBAを取りに来る人達と話すと、殆どの者が志が高く、モチベーションも高かったと云う。周りの刺激を受け、2年かけてMBAを取得した小池社長。自身でも一皮剥けたと言えるほど、経営者としての学びが大きかったと話す。
苦労したこと
そんな小池社長も、何もかも順風満帆にきた訳では無い。これまでに大きな苦労や落ち込んだ事は2つあると云う。
まず1つ目は、2012年に「尊敬する人」をテーマに社内アンケートを取ったところ、約半数のスタッフが創業者である父親と回答。残りの半分は小池社長ではなく、当時、部長職に就いていた社員だった。
2つ目は、2013年に十数名のスタッフが退職したこと。これは社員の三分の一に該当する人数であり、かなりの打撃であったことは言うまでもない。そこまで多くの退職者が出た理由は、「社内評価があいまい」、「給料が上がらない」といった待遇面で、会社経営において従業員がいかに重要かということをこの時、再認識させられたと云う。
小池社長はどんな逆境にも負けない。そんな強い精神力を持っていた。社員が三分の一に減っても、がむしゃらに頑張り抜き、数年後には社員の数も増えていった。最大のピンチを乗り切った時、社内アンケートで2位を獲得した部長から、「よく頑張ったね」と褒めてもらったことが、小池社長のなかで大きな幸福感をもたらしたと云う。そして、部長の人間としての大きさ、優しさを痛感した。
ターニングポイント
小池社長の人生のターニングポイントは数多くあるが、なかでも大きな影響をもたらしたのは、20才の頃に経験した円山公園音楽堂でのライブと、30才で取得したMBAだと話す。人前で緊張しない強靭なメンタルと、経営者としての自覚と自信を持つことが出来たこの2つのキッカケが、小池社長の人生を大きく変えた。
そんな小池社長。社長業の傍らオリジナルソングを現在も創り続けており、定期的にライブハウス等で披露している。筆者もライブハウスでの演奏を拝聴させてもらった事があるが、本当にパワフルでバイタリティに溢れている人だと思った。
2023.11.2第15回目の対談ゲストは、大阪府立箕面東高等学校(以降、箕面東高校)の教諭、村上淳一さん。村上淳一さん(以降、村上…
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