2020.9.23
第7回目の対談ゲストは、株式会社保研オフィスの代表取締役、田野雅樹さん。
㈱保研オフィスは南大阪エリアにおける来店型保険ショップの第一人者で、大阪府内に4店舗を展開している。

2020.9.23
第7回目の対談ゲストは、株式会社保研オフィスの代表取締役、田野雅樹さん。
㈱保研オフィスは南大阪エリアにおける来店型保険ショップの第一人者で、大阪府内に4店舗を展開している。
出会い
田野雅樹(以降、田野社長と記す)さんは昭和46年7月14日生まれで現在、49歳。
田野社長と吉本の出会いは今から約27年前に遡る。当時、携帯電話ショップで勤務していた田野社長のもとに吉本が客として機種変更で訪れたことがキッカケである。まだまだ携帯電話が普及していなかった90年代初頭に、既に携帯電話を持っている吉本に対して、「何している人なんやろ?」と思ったのが第一印象だと云う。携帯電話ショップの店員と客という関係性からスタートしたが、その後、吉本が企画したパーティーに参加するなどして親交を深めていったというものである。
保険代理店を営むまでの道のり
学卒後、運送会社のドライバーや掃除器具の訪問販売員などを経験し、後に吉本と知り合うキッカケとなる携帯電話ショップに友人らと3人で就職。その会社は北海道に本社があり、大阪事業所は立ち上げたばかりであったと云う。ただ、「まだ大阪は立ち上げて間が無いから、そんなに売り上げが立ってないんだよね。だから、君たちを雇ったことをまだ専務にも言えてないんだ。悪いけど給料は少しだけ待って欲しい」と社長から告げられたとのこと。30年が経過しているが未だにその初任給は振り込まれていないようだ(笑)
携帯電話ショップを2年半ほどで退職した田野社長は、知人に誘われ携帯電話販売のFC店舗へ取締役として就職するも経営者との考え方に違いが生じて退職。その後、日新火災海上保険㈱に転職し代理店養成プログラム(3年制)を受ける。かなり厳しいノルマを敷かれ、3ヵ月毎に同期が辞めていくという境遇で、田野社長は実績を出すためガムシャラに働き、知人のところへ顔を出す毎日を繰り返していたと云う。その成果が実り、ノルマを達成して独立することとなった田野社長。1999年6月に個人事業として保険代理店を開業し、自分で仕事を取らないと生活していけない日常に追われる。人脈がかなりあった田野社長は着実に契約を獲得していき、開業から半年ほどで高校の同級生や知人を社員として雇えるほどになる。
2004年4月には法人成りし、有限会社保研オフィス(現、㈱保研オフィス)を設立して現在に至る。
家族の大切さ
田野社長は吉本を通じて知り合った女性と1999年2月に結婚。長女、次女が生まれ、4人家族で幸せな日々を送っている。仕事も私生活も順風満帆に思えるそんな田野社長にも、大きな壁にぶつかったことがある。毎日のように仕事関係者と飲み歩くことが日課となっていたある日の晩、奥さんが「どうしよう!どうしよう!」と、パニックになって電話を掛けてきたのだと云う。内容は生後6ヵ月程の次女の体が紫色になり、動かなくなったというものだった。次女が救急で運ばれた病院へ慌てて向かう道中で、田野社長はこれまでの人生を振り返り、涙が溢れ、「自分は何のために働いているのか。一番大切なものは家族だ」ということを再認識した。
次女の容体が急変した理由は、重度の食物アレルギーによるアナフィラキシーショックであったことが判明。以降、食物アレルギーと闘いながら過ごしていく娘と共に、田野社長の奥さんはアレルギーで困っている人たちに声を掛けてサークルを作り、地元である大阪狭山市の仕組みや地域連携を変え、省庁をも巻き込む会議に出席するなど積極的に動いている。田野社長も父親として娘と同じアレルギーで苦しむ人のためにメディアに出演して、広く知らしめる活動を行っていると云う。
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